「じゃあね、おかあさん。またいつか・・・」夢の中でほんとのサヨナラを告げに来たPONは
ニコリと微笑みながら振り返り、ぴょんぴょんと光の中に向かって消えて行きました。
あぁ、あのこは次の生まれが待っているんだなぁ・・・と納得している自分。
6月22日は忘れもしない、第一愛兎・PONの命日です。
あれから2年かぁ・・・
49日を過ぎた頃にタント迎えて、深いペットロスには落ち込まずに
なんとか日々を過ごして来れました。
ブログを本格的に始めてからは、たくさんの人々との繋がりが広まり
喜びも悲しみも、みなさんと共に分かち合える喜びも知りました。
そんな素晴らしい経験もひとえにPONを迎えたことが発端です。
うさぎとの生活がなかったら、私は友達もいない
介護にくたびれた、ただのボロ雑巾なオバハンのままでした。
絵も工作もまた挑戦するようになったのも、うさぎがきっかけ。
ボケ防止のために、創作意欲を沸き立たせてくれたと言っても
過言ではなくて。
PONとのたくさんの思い出を、梅雨の晴れ間に虫干しするのも
良い供養になると思ってね。
かわいいかわいいかわいいかわいい、あなたは私の・・・なんだろね?
タントは完全にお孫ちゃん目線だけど
PONは息子でもなく友達というのでもなく。
あぁ、そうだ。「バディ」に近い存在だね。
コイツになら命を預けてもいいぜ!! みたいな。
本当にいつも私の傍に居てくれた子で
当時は母がくも膜下出血で倒れて大変だった頃。
私を癒すために、神様から送られて来た天使だった。
父の退院と共に自分の命を捧げてくれた子でした。
2010年6月21日夜
この日、PONは病院から帰ってきて暫くは落ち着いていましたが
夜になって容体が急変、呼吸が苦しそうでした。
動くと言ったら、部屋の角角を移動するだけ。
その際にもう失禁もしている状態でした。
そんな状態が数時間、日付が変わる頃に容体が急変
あんなに弱々しかったのが、突如ダッシュをしながら「キーッ」と叫び
その場でパタッと倒れたのです。
呼吸がとても荒くて…でもだんだんと灯が消えて行くように
細く小刻みになり、感覚が空いて・・・止まりました。
6月22日 午前0時20分
PONは私のために一日でも長く生き抜いてくれたのです。
荼毘に伏す日は梅雨の雨降りの一日でした。
お寺の待合室、他の御家族の居る事も気にせず
声を上げてわんわん泣きました。
ありがとう・・・PON。
さよなら、またいつの日かきっとね。
ブログランキングに参加しています
※ PONの根本的な死因は膿瘍(のうよう)です。
温存しながら大きくなったら膿を除去していましたが
菌が体を蝕んだ可能性が高く、最終的には肝不全でした。
牧草を主食にしなかったための不正咬合から下顎膿瘍に・・・
噛むことは、うさぎもニンゲンも本当に大切な事なんですね。